1.社会的ハイリスク妊婦への支援の基本的考え方
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2.社会的ハイリスク妊婦とは?
社会的ハイリスク妊婦の定義
わが国における母子保健行政の取り組みを振り返ってみると、長きにわたり主に医学的なリスクに注力されてきた。第二次世界大戦を終え、GHQの介入により妊産婦手帳制度が始まったが、当時は高い乳児死亡率や妊産婦死亡率、妊婦の流早産・死産に対する対策が主であり、健診や予防接種の徹底、経済的負担への軽減が取り組みの主体であった。その後、高度成長期を経て1990年代に入り、少子化や核家族化の進行などにより子どもを生み育てる環境が変化し、育児の孤立等による妊産婦や乳幼児を取りまく環境も変化し複雑化している。近年では、取り組むべき課題は、よりよく社会の中で生活していく質的な内容が多い。
社会的ハイリスクを定義づけるために、厚生労働科学研究費補助金成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業「妊婦健康診査および妊娠届を活用したハイリスク妊産婦の把握と効果的な保健指導のあり方に関する研究(第1次光田班)」報告書、ならび平成30年度より開始された本研究「社会的ハイリスク妊婦の把握と切れ目のない支援のための保健・医療連携システム構築に関する研究(第2次光田班)」事業により各分担研究者の研究対象を検討し、支援によって児童虐待・妊産婦自殺を防ぐべき社会的ハイリスク妊産婦とは何であるかについて考察を行った。
各分担研究報告を検討したところ、「社会的ハイリスク」とは、必ずしも医学的な側面では網羅できないため、医療者のみではなく幅広い職種が活用できる用語であるべきで、全体像を平易な言葉で俯瞰することが望ましいと考えられた。
当研究班では、これまで社会的ハイリスク妊娠を将来の子育て困難つながる可能性のある妊産婦と捉えて研究を行ってきた。未受診妊婦や飛び込み分娩、望まない妊娠、若年妊娠、特定妊婦の根底にあるのが子育て困難感や育てにくさであり、不適切な養育や愛着形成の障害が心理的、身体的、性的、ネグレクトにつながる可能性があるという考え方である。身体的な疾病のように明確な定義や病態があるわけではないが、頻度や対応方法、支援による改善の程度など各研究者が努力を重ねてきた。
「社会的ハイリスク」の明確な定義は学会でも未だないが具体的には、本人が抱える課題精神状態,性格, 依存性,身体合併症,虐待,被虐待,妊娠状況,受診状況妊娠出産の受け止め)、養育状況の問題点(児への感情,育児ケアの問題家事,児を守る人的資源)、 家庭環境の問題点(夫婦関係,経済状況,居住状況, 相談相手はいるか)、子供の問題点(多胎,分離の必要性,健康状態)、その他(援助協力を発信,受容できるか)などの問題点を含んでいるものを指す。
社会ハイリスクの妊産婦は分娩自体もハイリスクであるが,分娩後の支援・介入がさらに重要である。本人のみならず、出生する児が社会的に 身体的に危険にさらされることは,なんとしても避けなければならない。医療者から見た「社会的ハイリスク妊産婦」対応は、子育てに困難を抱えそうな妊産婦をどのように拾い上げ、支援につなげるのかということである。
社会的ハイリスク妊産婦への支援にかかわる機関・職種
社会的ハイリスク妊婦への支援にかかわる機関とその役割
社会的ハイリスク妊娠への支援には、 妊娠期から産褥期、育児期という⻑期的な視点が必要となる。また、複雑な問題を抱えていることが予想されるため、妊婦と家族の状況に応じて、多数の支援機関が、それぞれの役割や機能を認識した上で連携することが重要である。ここでは、社会的ハイリスク妊婦に関わる 15の支援機関、さらに支援に関わる職種について、その根拠法律と合わせて紹介する。
妊娠届出等の機会に得た情報を基に、妊娠・出産・子育てに関する相談に応じ、必要に応じて個別に支援プランを策定する。
(2) 市区町村子ども家庭総合支援拠点(児童福祉法)
子どもとその家庭及び妊産婦等を対象に、 実情の把握、子ども等に関する相談全般から通所・在宅支援を中心としたより専門的な相談対応や必要な調査、訪問等による継続的なソーシャルワーク業務までを行い、地域のリソースや必要なサー ビスと有機的につないでいく拠点として機能する。
(3) 市町村保健センター
母子健康手帳の交付、妊産婦や乳幼児の健康診査、 両親学級、産後ケア等の妊産婦への支援、妊産婦や新生児訪問指導、未熟児訪問指導、未熟児養育医 療など、ほとんどの母子保健サービスを行う。
(4) 保健所(地域保健法)
疾病の予防、衛生の向上など、地域 住⺠の健康の保持増進に関する業務を行う。
(5) 医療機関
産婦人科専門病院、診療所、精神科、小児科以外に、周産期に特化した以下のような医療機関もある。 ・総合周産期母子医療センター:産科及び新生児医療を専門とする小児科 (MFICU 及び NICU)、麻酔科その他の関係診療科を有し、高度な周産期医療を行うことができる施設。 ・地域周産期母子医療センター:産科及び小児科等を備え、周産期に係る比較的高度な医療行為を行うことができる施設。
(6) 助産所(医療法)
助産師が開業している施設で、妊婦健康診査、分娩介助、産褥期のケアのみならず、妊娠期の両親学級や母乳育児相談、妊婦・育児サークル等も開催する。
(7) 助産施設(児童福祉法)
児童福祉施設の一つで、保健上必要があるにもかかわらず、経済的理由により入院助産を受けることができない妊産婦を入所させて助産を受けさせることを目的とする。
(8) 児童相談所(児童福祉法)
市町村援助機能、相談機能、一時保護機能、措置機能、⺠法上の権限という5つの機能を持つ。
(9) 福祉事務所(社会福祉法)
生活保護に関することや母子生活支援施設などへの入所の窓口。
(10) 乳児院(児童福祉法)
保護者による養育が困難になった児への養育のみならず、親子の関係調整、相談や他機関との連携等による親への支援、里親への継続した支援を行う。
(11) 児童家庭支援センター(児童福祉法)
児童に関する家庭その他からの相談のうち、専門的な知識及び技術を必要とするものに応じるとともに、児童相談所からの委託を受けた児童及びその家庭への指導、その他の援助を総合的に行う。
(12) 児童養護施設(児童福祉法)
保護者のない児童や保護者に監護させることが適当でない児童に対し、安定した生活環境を整えるとともに、生活指導、学習指導、家庭環境の調整等を行いつつ養育を行い、児童の心身の健やかな成⻑とその自立を支援する。
(13) 自立援助ホーム(児童福祉法)
児童の自立を図る観点から義務教育終了後、児童養護施設、児童自立支援施設等を退所し、就職する児童等に対し、相談や日常生活上の援助、生活指導、就業の支援等を行う。
(14) 母子生活支援施設(児童福祉法)
配偶者のいない女子又はこれに準ずる事情にある女子とその子どもを入所させて保護するとともに、自立促進のためにその生活を支援する。
(15) 配偶者暴力相談支援センター(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)
配偶者からの暴力(ドメスティック・バイオレンス)の防止及び被害者の保護を図る。
3.社会的ハイリスク妊婦の支援機関・職種
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4.医療機関における支援の実際
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5.地域における支援の実際
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6.社会的ハイリスク妊婦にかかわる支援事業
I.周産期に関わる支援・事業
(1) 妊娠 SOS
対象者:予期しない妊娠/計画していない妊娠の心配がある、またはこのような妊娠をした方
方法:面談や電話、メール等で、匿名での相談を受け付けている。最近はLINEの相談を受ける窓口もある。
内容:予期せぬ妊娠の相談窓口。相談においては、相談してくれたことをねぎらい、妊娠検査薬による検査を促す。結果が陽性であったならどうするかを一緒に考えていく。妊娠の中絶と出産についての情報を提供し、他の誰でもなく当事者がどうするか決めるということを重視してそのプロセスを支援する。子どもを出産せざるを得ない時期での相談では、自分で子育てする場合に利用できるサービスに加えて、育てられない場合には特別養子縁組等の情報提供を行う。
支援者:
1)自治体が母子保健事業の「性と妊娠の相談センター事業」により直営または委託
2)児童福祉事業では産前・産後母子支援事業(令和6年度からは児童福祉法の妊産婦等の生活援助事業)として
3)自治体以外ではNPO 等や民間養子縁組あっせん事業者
*妊娠SOSは事業名ではないが、妊娠SOS、にんしんSOSを名乗る窓口が多くなり、こども虐待による死亡事例等の検証結果等についてでは、第17次報告(第19次報告が最新)から妊娠SOSが言及されている
(2) 産後ケア事業
対象者:令和3年度から母子保健法に位置づけられ、産後1年未満に利用できる市町村の努力義務事業。対象者は「産後に心身の不調又は育児不安等がある者」「その他、特に支援が必要と認められる者」から、令和5年6月 30 日こども家庭庁通知で、「産後ケアを必要とする者」になった。
*産後ケアは自治体事業ではなく、医療機関等が実施している
方法:宿泊型やデイサービス型、アウトリーチ型で実施。原則 7 日以内としている自治体が多く、負担軽減のある利用料を徴収。
内容:
1) 褥婦及び新生児に対する保健指導及び授乳指導(乳房マッサージを含む)
2) 褥婦に対する療養上の世話
3) 産婦及び乳児に対する保健指導
4) 褥婦及び産婦に対する心理的ケアやカウンセリング
5) 育児に対する指導や育児サポート等
支援者:助産師等の専門職
(3) 産前・産後サポート事業
対象者:身近に相談できる者がいないなど、支援を受けることが適当と判断される妊産婦及びその家族。
方法: 訪問等のアウトリーチや個別・集団のデイサービス。
内容:相談支援を行い、家庭や地域での妊産婦等の孤立感解消を図る。
支援者:助産師等の専門職または子育て経験者やシニア世代等の相談しやすい「話し相手」等
II.福祉に関わる支援・事業
(1) 社会的ハイリスク妊婦に対する児童相談所の役割と機能
児童相談所は、都道府県・政令指定都市・児童相談所設置市が、児童福祉法に基づき設置する、子ども及び妊産婦の福祉に関して、必要な調査や医学・心理学等の判定を行い、専門的な指導を行う相談機関である。
地域において、社会的ハイリスク妊婦は、市町村母子保健担当課が妊娠届出時に妊娠届出票や保健師面接等において把握される。その後、医療機関と連携し、妊娠状況、妊婦の健康状況、生活歴や生活状況、支援者の有無、 支援機関の受け入れ状況等について情報収集した結果、緊急度が高い場合、児童相談所が構成機関として参加する市区町村要保護児童対策地域協議会で共有される。
他に、産科医療機関から児童相談所へ直接連絡のあった妊婦は、妊娠期から出産後の子育てにおいて支援の必要性が高いと判断することが多い。そのため、児童相談所は、速やかに、できるかぎり市区町村母子保健担当課・児童家庭相談担当課とともに医療機関を訪問し、主治医、看護師、助産師、ソーシャルワーカーなどから直接状況を聴取する。医療機関が懸念されたリスクに加え、妊婦健診等で把握された、妊婦の生活状況及び生活歴、健康状態、パートナーとの関係や家庭環境、支援者の存在など具体的な情報を確認することにより、出産後の子どものリスクについて、医療・保健・福祉共同でアセスメントを行う。
妊娠発覚時、出産直前、出産・入院期、退院直後から 2 週間、1か月健診までという各段階において、必要に応じて、要保護児童対策地域協議会の個別ケース検討会議を医療機関に集まって実施し、関係機関が情報共有し、共同アセスメントの上、支援プランを作成し、役割分担を行う。
なお、児童相談所は、必要があると認めるときは、子どもの安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、または子どもの心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するため、子どもの一時保護を行い、または適当な者に一時保護を委託することができる。(児童福祉法第 33 条)
妊婦の状況により、出産して退院後在宅になれば子どもの生命のリスクが高いと認められた場合、児童相談所は、当該子どもに対する養育実績がない場合も含め、退院前の一時保護を検討する。
児童相談所が、出産後の子どもの虐待リスクをアセスメントし、一時保護の必要性を判断するためには、医療や保健の関係機関が把握した、以下の具体例のような情報が必要となる。
・ 妊婦の居所が安定しない。居所不明になる可能性がある。
・ 経済的に困窮しており、養育できる環境にない。
・ 生活歴について、被虐待歴やDV被害歴、子どものきょうだいへの虐待歴等がある。
・ 妊娠について、16 歳未満の妊娠、望まない妊娠、胎児への無関心・拒否的な言動、妊婦健康診査未受診や中断がある。
・ 精神疾患や障害により、養育に困難があるが、支援を受け入れない。
また、自ら養育困難を訴える妊婦からの相談があった場合の支援は以下のとおり。
18 歳未満の妊婦は、心身ともに未成熟であり社会生活能力を獲得する途上にあることから、「支援を要する妊婦」であると同時に、自立支援を必要とする「要支援児童」ととらえる必要がある。そのため、児童相談所は、市区町村母子保健担当課・児童家庭相談担当課や産科医療機関、所属する学校等と連携し、妊婦やその保護者との関係調整や生活支援を行う。特に、妊婦が未婚である場合、妊婦の親が、生まれてくる子どもの親権者になることから、妊婦及びその親が子どもの養育についてどのように考えているのか、慎重に確認していく必要がある。
妊婦が出産後、生活状況や妊婦の体調などから、退院後すぐに子どもを自分で養育することが困難であり、養育環境を整える時間が必要である場合、児童相談所は、養育里親委託や乳児院入所を勧める。その際、親子の愛着関係を育むための親子面会や育児スキルの獲得、養育環境の準備に向けて計画的な支援を行う。
さまざまな事情があり、子どもを自分で養育できないと訴える妊婦に対しては、児童相談所は、子育てを支援する制度や機関等の情報提供とともに、育ての親となる養子縁組里親への委託や、法的にも養子縁組里親と親子になる特別養子縁組制度について説明し、慎重に意向を確認する。その際、妊婦が子どもの幸せを第一に考え、それぞれの選択肢を理解し決断できるよう、関係者と連携して支援することが重要である。
(2) 児童福祉法による子育てを支援するサービス
1) 乳児家庭全戶訪問事業
市町村が、生後 4 か月までの乳児のいる全ての家庭に、保健師、助産師、保育士、児童委員等を訪問させ、乳児や保護者の心身の状況、養育環境等の把握を行い、養育についての情報提供、助言その他の援助 を行う。
2) 養育支援訪問事業
保護者の養育を支援することが特に必要と判断される家庭に対して、保健師、助産師、保育士等が訪問し、養育に関する相談や育児・家事援助を行う。
3) 短期入所生活援助(ショートステイ)事業
保護者が病気等の理由により、子どもを養育することができない場合、緊急一時的に児童福祉施設で短期間預かる。
4) 夜間養護等(トワイライトステイ)事業
保護者が、仕事その他の理由により平日夜間又は休日に子どもを養育することが困難な場合、実施施設において保護し、食事提供等の支援を行う。
5) 小規模住居型児童養育事業 ( ファミリーホーム )(児童福祉法)
要保護児童 ( 保護者のない児童 又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童 ) に対し、この事業を行う住居 ( ファミ リーホーム ) で、児童間の相互作用を活かしつつ、児童の自主性を尊重し基本的な生活習慣を確立するとともに、豊かな人間性及び社会性を養い、児童の自立を支援するための事業。
(参考) 里親制度と特別養子縁組
○里親とは(児童福祉法)
保護者による養育が困難になった子どもについて、児童相談所の委託措置を受けて家庭で養育する。里親には、一定期間子どもを養育する「養育里親」、子どもと養子縁組することを前提に委託を受ける「養子縁組里親」、養育に特に支援が必要と認めた子どもを預かる「専門里親」、子どもの親が死亡・拘留等により3親等内の親族が預かる「親族里親」がある。
○特別養子縁組とは (児童福祉法)
特別養子縁組は、「子どもの永続的な家庭の保障」を目的とした、子どものための制度である。父母による監護が著しく困難又は不適当である等特別の事情がある場合において成立し、実親との法的な親子関係が切れ、養親の戸籍に入籍した養子の戸籍には、実親の情報は記載されず、続柄欄も実子と同様、⻑男・⻑女等と記載されるが、身分事項欄に特別養子縁組審判による入籍であることが記載される。
参考文献等(厚生労働省子ども家庭局⻑ , ⺠間あっせん機関による養子縁組のあっせんに係る児童保護に等関する法律等の施行について(通知)(子発 1127 第4号),2017-11-27)
・子ども家庭庁「子ども・子育て支援制度」
https://www.cfa.go.jp/policies/kokoseido/
・磯谷文明・町野朔・水野紀子編集代表「実務コンメンタール児童福祉法・児童虐待防
止法」有斐閣 2020年
III.メンタルヘルスへの支援
(1) メンタルヘルスの不調がある妊婦の特徴
表情が硬い、涙もろい、落ち着きがない、イライラしている、同じ質問を繰り返す、ぼんやりしている、著しい不安、不眠、意欲や興味・関心の減少、妊婦健診未受診など。
リスク因子:予期しない妊娠、現在または過去の産科合併症、精神疾患の既往(精神科治療の自己中断)、ソーシャルサポートの不足、妊娠中のストレスフルなライフイベント、過去の流産・死産などの喪失体験、虐待や家庭内暴力を受けた経験など(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26650969/)
(2) メンタルヘルスの不調がある妊婦への支援
1) メンタルへルスについて支援する意志があること伝える
妊婦はメンタルヘルスの不調を自ら打ち明けることは少ない。支援者は両親学級や保健指導などを通して妊産婦はメンタルヘルスの不調が起こりやすいこと、メンタルヘルスについて支援する意志があることをあらかじめ伝え、打ち明けやすい環境を作る。
2) スクリーニングと支援計画
全ての妊産婦を対象にWhooleyの二項目質問法(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9229283/)やエジンバラ産後うつ病自己評価票 (Edinburgh Postnatal Depression Scale:EPDS)によるうつ病のスクリーニングを行うことが推奨されている。スクリーニング結果をもとに面談を行い、どのようなメンタルヘルスケアを提供していくか、他の支援機関との連携が必要かなどを検討し支援計画をたてる。他機関との情報共有を行う際にはあらかじめ妊婦の同意を取得しておくことが望ましい。
3)メンタルヘルスケアと精神科連携
メンタルヘルスケアを担う支援者は主に傾聴と受容に徹し、伝わってきた感情を繰り返し言葉にして返す(リフレイン)にとどめ、「お母さんになるのだから頑張って」「死にたいなんて言ってはだめ」などの安易な励ましや否定的な表現は避ける。特に幼少期に虐待を受けた経験のある人は、自分と異なる意見を示されると相手から「否定された」と認識してしまうことがあるため注意が必要である。
うつや不安により日常生活機能に支障をきたしているケースや、 切迫した希死念慮がみられるケースは精神科治療を要するため、すみやかに受診支援を行う必要がある。精神症状の悪化はセルフケア能力の低下や自殺などのリスクのみならず、妊娠転帰や児の発達に影響を与える可能性がある。うつ病が中等症~重症と診断されれば、リスクとベネフィットを十分に説明し、患者と双方向性に話し合ったうえで薬物療法が選択肢となる。
4) 多職種連携支援の在り方
病院内においては、産科・精神科・小児科スタッフで定期的にケースカンファレンスなどの場を設ける必要がある。当事者の同意を得てメンタルヘルスに関する情報を共有し、医師、助産師、看護師、薬剤師、心理師、ソーシャルワーカーなど、それぞれの立場で意見を出し合い、支援方針を統一しておく。メンタルへルスケアの主体を誰が担うのか、精神症状悪化時の対応方法、社会福祉サービス利用の必要性などの検討が必要である。
病院外(地域)においては、総合病院、地域の産科クリニック、精神科・心療内科 クリニック、母子保健、精神保健、児童福祉の担当者が一堂に会することは現実的に難しい。よって、 母子保健の担当保健師などが窓口となって、情報を集約し、支援方針の統一をはかる、もしくは診療所間で診療情報提供書などを介して情報共有を行うことが一般的である。近年は、産科医療機関に地域の精神科医が往診診療したり、地域におけるケースカンファレンスに精神科医が参加して助言するなど各地域において様々な取り組みが行われている。
IV.ドメスティック・バイオレンスに関する支援
(1) ドメスティック・バイオレンスとは
夫や恋人など親密な男性から女性 への暴力。内閣府の調査によると成人女性の約 5 人に 1 人は夫・パートナーから身体的な暴力の経験があり、約 6 人に 1 人 が精神的な嫌がらせや恐怖を感じるような脅迫を受けたことがあり、10人に1人が、性行為の強要といった性暴力の経験があると報告されている。周産期においては、少なくとも妊婦の約 5%に DV が認められ、母親の心身社会的な健康、低出生体重児、胎児機能不全など胎児への影響があり、子どもの虐待との強い関係も報告されている。DV の早期発見と介入、そして支援機関との連携は、医療の果たすべき重要な役割であるといえる。
(2) DV のアセスメント
DV 被害のリスクがあるかどうかをアセスメントするためには、「女性に対する暴力スクリー ニング尺度(Violence Against Women Screen: VAWS)」を用いるとよい。7 項目の質問で構成されており、「よくある」「たまにある」「まったくない」の 3 つの選択肢から回答する。2 項目以上で「たまにある」または「よくある」(「非常に難しい」または「ある程度難 しい」)が選ばれると DV スクリーニング陽性と判定する。さらに簡便なものとして、4項目の短縮版が活用しやすい。
(準備中)女性に対する暴力スクリーニング尺度:Violence Against Women Screen(片岡 , 2005)
(3) DV にあっている女性への支援
DV スクリーニングが陽性の場合は、個別に話をする機会を持つ。その際、女性の気持ちをよく聴き、その女性の意思・選択を尊重する。医療者に DV のことを話してもよいと思っ ているかを確認した上で、必要時はいつでもサポー トを受けられること、暴力は決して許されないこと、あなたの責任ではないことなどを伝える。
女性と子どもの安全のアセスメントでは、「最近暴力がエスカレートした」「凶器で脅された」「首をしめるなど生命に危険を感じるような暴力があった」「子どもへの暴力があった」場合は、生命への危険性が高いと考えられる。安全性を査定しながら、その状況にあわせて情報提供し、女性の気持ちにそった支援を行っていく。
女性がパートナーと離れないという選択をした場合、女性と子どもの安全を守るため、セイフティ・ プランをたてる。セイフティ・プランは、安全を守るということだけではなく、女性が「自分で行動できる」「対策がたてられる」という自己効力感にもつながる。セイフティ・ プランには、以下のような内容が含まれる。
【セイフティ・プラン】
●大切なもの(お金、保険証、運転免許証、印鑑、自宅の鍵、着替え、おむつなど)をバックにいれてひとまとめにしておく
●危険な状態になったときに、逃げる経路を考えておく
●避難場所を確保しておく
医療機関では、女性が利用できる社会資源を紹介するために、DV の冊子とリソー スカードなどを準備しておくとよい。リソースカードを名刺大で作成しているのは、靴の中や手帳・財布などにそっと入れておくためである。これらを渡すときには、夫は財布の中身を見ることがあるか、資料を持つことは危険ではないかなどを必ず確認する。
配偶者暴力相談支援センターは、DV 被害者支援の中心的な機関である。DV 防止法には、もし医療者が DV 被害者を発見したら、センターか警察に通報することが規定されている。女性の意思を確認した上で、通報することが望ましい。センターには、病院から連絡することが可能であるが(機関連携として)、本人から直接相談していただくこともできる。確実に支援機関へとつないでいくために、 病院そして本人、両者からアクセスするとよい。
フォローアップが必要と判断した場合は、1 ヶ月健診などで再度面接の機会を作り、経過を把握する。 どんなときも今後の生活を決めるのは女性本人であることを念頭におき、女性の意思を尊重する関わりを重視する。